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札幌高等裁判所 昭和30年(う)140号 判決

控訴人

被告人 菅原喜代男 外四名

弁護人

林信一 外一名

検察官

栗坂諭関与

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人林信一、同佐伯静治提出の各控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

林弁護人の控訴趣意第一点および第二点について

所論は、被告人等はすでに組合員等によつて作出された本件事態を収拾するため、組合の指導的立場にあるものの義務として行動したまでであつて、被告人等には本件につき共同実行の事実なく、また共同実行の犯意もないというにある。

しかし、原判決挙示の証拠を総合すると、なるほど太田副長を包囲しその脱出不能の状態を作出したのは組合員ではあるが、右事態を知つた被告人等は原判示のように前後してこれに参加し、この間マイクを以て各部落在住の組合員に集合を命じて更に右状態を強めた上、これを利用して交々太田副長に対してその所持するビラの引渡を執拗に迫り、わずかに組合員等の暴挙に出ることを阻止しただけで、興奮した多衆の気勢を制止することなく、却つて組合員等とともに右ビラ引渡の目的を達しようとして右の事態を継続したことが認られる。各被告人等の供述中右認定と牴触する部分は措信せず、その他記録を精査するも右認定を覆えすに足る証拠がない。してみると、監禁罪は一の継続犯であることに鑑み、被告人等の右所為は組合員等の太田副長に対する監禁の事実を認識し、意思相通じすなわち共謀の犯意を以て右監禁を継続したものといわざるを得ない。原判決が前顕証拠によつて認定したところもこれと同趣旨に出たものと解されるから、原判決には所論のような事実誤認はない。論旨は理由がない。

同第四点について

所論は、本件は組合の団結権に対し現に高田、太田両副長によつて加えられつつあつた急迫不正の侵害に対しやむことを得ずしてとられたもので、まさに刑法第三六条および第三七条に該当するというのであるが、原判決挙示の証拠によれば、被告人中野は高田、太田両副長が配布すべきビラを持つて乗車していたジープを扼してそれを停車せしめ、その運転手を他に連行したことが認められるから、当時の状態としては、右ビラ配布の正、不正はともかくとして、右両副長においてかさねてこれを配布するという急迫な事態はすでに去つたものといわざるを得ない。しかして、両副長において所論にいう団結権の侵害行為は記録に徴して右ビラ配布のこと以外には認められないから、被告人等が更に進んで加えた高田副長に対する本件所為は、正当防衛ないし緊急避難の要件としての急迫性をかき、やむことを得ずして行われたとはなし難い。原判決がこの点の主張を排斥して本件につき前記法条を適用しなかつたのは相当であつて原判決には所論のような違法はない。論旨は理由がない。

同第三点および佐伯弁護人の控訴趣意第一点について

各所論は、要するに被告人等の本件所為はもともと高田、太田両副長の不誠意に端を発し、その反省とビラ引渡要求のために出たものにほかならず、組合員のかかる要求も亦不法なものではなく、その間何等暴力的行為もなされていないから、本件は結局正当な争議行為としての限界を逸脱したものではないのに、原判決が被告人等を監禁罪に問擬処断したのは、事実を誤認し、憲法第二八条、労働組合法第一条第二項の解釈適用を誤つた違法があるというにある。

しかし、かりに高田、太田両副長に不誠意があり、同人等に対する所論要求のための交渉が正当な争議行為であるとしても、その手段としてなされた被告人等の所為は、林弁護人の控訴趣意第一点および第二点で説示したとおり高田副長に対し、積極的な暴力的行為には出なかつたとしても、激昂した組合員等包囲の中で交々執拗にビラ引渡を要求し、その応じないままに多衆の威圧と包囲のもとに、その要求を貫撤しようとして同人の脱出不能の状態を約三時間も継続するに至らしめたものである。かかる被告人等の行為は当時の諸般の事情を考慮に容れても、なお社会通念上許容される限度を超え、労働組合法第一条第一項の正当の行為とはいい得ないのであつて、被告人等の行為は違法性を阻却されるものではない。原判決の判断も亦これと同趣旨であつて、結局原判決には所論のような違法なく、論旨はいずれも理由がない。

林弁護人の控訴趣旨第五点および佐伯弁護人の控訴趣意第二点について

各所論は、本件にあつては被告人等に他に適法な行為を期待することは不可能であつたと主張するのであるが、原判決認定の事実からうかがえる本件の経緯その他記録に顕われた諸般の事情に鑑み、期待可能性がないとの所論は到底是認し難い。この点の各論旨も理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原和雄 裁判官 水島亀松 裁判官 中村義正)

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